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June 20, 2006

ジャスミンの花開く(東洋一の馬車馬女優が花開く)

ジャスミンの花開く」を見てきましたよ。上海租界時代に生きた映画女優を夢見る「茉」、文革の時代に共産党員にあこがれ若くして工場労働者の家庭に嫁いだ「莉」、80年代に日本に留学する学生と結婚し、彼の帰りを待つ「花」の三代の女性をチャンツィー女史が演じる三部構成の作品です。
3人が3人とも、分別のつかない恋の相手に自分の人生を捧げようとしますがその結果は全て愛しい人の裏切りや自殺という結果に終わります。とくに文化大革命の薄っぺらい労働者賛美の風潮と現実のギャップに翻弄されて莉が自滅する第二部は国家の幻想に個人が潰される救いのない話です。
と書くと、「男(国家)の身勝手な理屈に振り回されて不幸になる女の三代記」という話になりますが、第三部で花が夫の心変わりを知った上であえて私生児を産む決断をするところで物語は大きく転回します。嵐の夜、タクシーもなく誰もいない路上で破水した花は雷雨の中消火栓につかまりながら自力で出産することを決めます。その瞬間、花は初めて他人の決めた理屈を介在せずに自己の感覚だけで世界に対峙することになるのです。
時が移り成長した娘と二人で新居に越してきた花が、幸せそうに遊ぶ「理想的な」家族を眼にしたところで物語は終わります。それは、花だけでなく母親の莉も望んで手に入らなかった幸せの形です。花の顔は泣いているようにも笑っているようにもとれます。
その人生は100%幸せとはいえないかもしれません。だけど幸せの形は自分で選ぶことが出来るのです。

カメラマン畑の監督の織りなす詩情あふれる映像は必見。東洋一仕事を選ばない馬車馬女優ことチャンツィー女史は時流に乗ってメガネっ娘披露。芸域の広さに感銘。(ちなみに西洋一の馬車馬女優はいまのところニコールキッドマン)800ローレライ

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» ジャスミンの花開く/歴史のメタファー [マダム・クニコの映画解体新書から]
 眼鏡をかけたチャン・ツィイーが、雷雨の中、路上で苦しみながら1人で出産する・・・。 延々と続く衝撃的なシーン。その迫真の演技には誰もが感動するだろう。 ジャスミンの花開く   観ながら、キェシロフスキ監督の遺稿による映画「美しき運命の傷痕」を思い浮かべていた。 共通点は、嫉妬により狂っていく女性の人生。  「ジャスミン・・・」は三世代の女性の、「美しき・・・」は三姉妹の、それぞれの生き... 続きを読む

受信: Jun 21, 2006 3:52:46 PM

コメント

>東洋一仕事を選ばない馬車馬女優ことチャンツィー女史
私は違うと思います。
チャン・ツィイーほど出演作を選んでいる女優はいないと思います。それで近年は一年に一作のペースです。脚本と監督が良く、かつ挑戦的な役でないとオファーがあっても(金銭的に条件が良くても)出演しません。たとえばこの映画の一人三役、SAYURIでの日本人でしかも特殊な世界に生きている芸者、LOVERSの盲目の踊り子、新作夜宴の女性版ハムレットなど難度の高い役ばかりです。また本人の弁によると外国での映画は気晴らしだそうです。これからも中国語の映画を中心に出演すると思われます。

投稿者: よし (Jul 1, 2006 6:23:35 PM)

造詣の深いコメントありがとうございます。
私の中では最近のチャンツィー女史の「オペレッタ狸御殿」や「LOVERS」など、「端で見ている分にはインパクトがあって面白いけど、この人があえて受けなくてもよかったのではないかな…というか結果的に出来がB級になるようなオファーを受けた理由がわからない」という印象が強かったのでああいう書き方になりました。もちろんいろいろな役に挑戦し続ける彼女のアグレッシブなチャレンジ精神は私もすばらしいと思っていますし、これからも馬車馬の如くいろんな道を走って見せてもらいたいと思っています。
ただ、私は「特殊な状況にある役」が演じる上で難度の高い役柄であるとは全く思いません。
それぞれに異なる「日常」のバックグラウンドを持つ観客相手に、派手な仕掛けのない日常的なシチュエーションにおいて最大公約数的に共感を得られるような抑制のきいた芝居の方が細かく、難しいと思っています。アクロバット的なことをやったからすばらしいのではなく、それが作品を支える演技として成立するクオリティにあるときにこそすばらしいと思うのですね。逆を返せばアクロバティックなことをやらなくても演技の水準を高く保つことの方が本質であり、難しいことだと思うのです。【そういう志向もあってサンダンスに出品されるような映画やだるいフランス映画が好きなのですが】
「外国映画は気晴らし」という発言は正直ちょっと寂しいです。【前後のフレーズが不明なのでもしかしたら話の流れ的にはもっと違う意味なのかもしれませんが】言葉通りにとると、気晴らしで適当にやっつけた仕事を素晴らしいとまじめに評価する人が相当おめでたい人のように私には思われるので。


投稿者: たくぼん (Jul 2, 2006 1:46:23 AM)

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